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仙台高等裁判所 平成2年(う)17号 判決 1993年5月27日

岩手県議会議員

佐藤啓二

右の者に対する地方公務員法違反被告事件について、昭和五七年六月一一日盛岡地方裁判所が言い渡した無罪判決に対する検察官からの控訴について、昭和六一年一〇月二四日仙台高等裁判所が言い渡した控訴棄却の判決に対し、検察官から上告の申立てをしたところ、平成元年一二月一八日最高裁判所から破棄差戻しの判決があったので、当裁判所は差戻し後の控訴審として、検察官荒木紀男、同湯浅勝喜出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

別紙記載の訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

第一公訴事実と訴訟経過

本件公訴事実の要旨は、

被告人は、岩手県教職員組合(以下「岩教組」ともいう。)中央執行委員長であるが、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、公務員労働組合共闘会議(以下「公務員共闘」ともいう。)の統一闘争として、「賃金の大幅引上げ・五段階賃金粉砕、スト権奪還・処分阻止・撤回、インフレ阻止・年金・教育をはじめ国民的諸課題」の要求実現を目的とする同盟罷業を行わせるため、

一  槙枝元文ら日本教職員組合(以下「日教組」ともいう。)本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、昭和四九年三月二一日(住所省略)岩手県産業会館において岩教組第六回中央委員会を開催し、その席上、日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し、これらをうけ、公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、前記要求実現を目的として、同年四月一一日第一波全一日・同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせること、組合員に対し同盟罷業実施体制確立のための説得慫憑活動を実施することなどを決定し、もって、地方公務員に対し、同盟罷業の遂行をあおることを企て、

二1  槙枝元文ら日教組本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、同年三月二九日日教組本部が発した岩教組あて「春闘共闘戦術会議の決定をうけ公務員共闘は四月一一日第一波全一日ストを配置することを決定した、各組織は闘争体制確立に全力をあげよ」との電報指令をうけて、翌三〇日(住所省略)岩教組本部において、岩教組各支部長あて同本部名義の「春闘共闘、公務員共闘の戦術決定をうけ、日教組のストライキ配置は四月一一日全一日と正式決定した」との指令を発し、同年三月三〇日ころから同年四月八日ころまでの間岩手県内において、傘下組合員である公立小・中学校教職員多数に対し、岩教組支部役員らを介し、右指令の趣旨を伝達し、

2  槙枝元文ら日教組本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、同年四月九日日教組本部が発した「予定どおり全国戦術会議の決定にもとづきストライキに突入せよ」との電話指令をうけて、同日前記岩教組本部において、岩教組各支部長あてに「日教組電話指令」として右指令を伝達した上、同日ころから翌一〇日ころまでの間岩手県内において、傘下組合員である公立小・中学校教職員多数に対し、岩教組支部役員らを介し、右指令の趣旨を伝達し、

もって、地方公務員に対し、同年四月一一日の同盟罷業の遂行をあおった

というものであって、その罰条は、地方公務員法(以下「地公法」ともいう。)六一条四号、三七条一項、刑法六〇条であるというのである。

原判決(以下「第一審判決」ともいう。)は、本件公訴事実一のあおりの企ての罪につき、被告人が岩教組本部役員及び日教組本部役員らと共謀の上、岩教組第六回中央委員会において、傘下組合員をして同盟罷業(以下「ストライキ」ないし「スト」ともいう。)を行わせることを決定した点を含め、公訴事実記載の外形的な事実の存在はおおむねこれを認めたものの、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定したことがあおりの企てに該当するか否かを明言せず、同委員会において決定された会議・集会の開催、中央闘争委員会の支部担当オルグの配置、情宣局の設置などの具体的な取組みの内容は、いまだあおりの企てには該当しないとの判断を示して、あおりの企ての罪の成立を否定し、同二1、2のあおりの罪につき、各指令の伝達は、単なる連絡にすぎないのではないかとの疑問の余地もあるが、他方これを受けた組合員をしてストライキを行うことの勢いを一段と高めたものと評価する余地もあって、あおり行為性が認められるとしても、被告人があおり行為の共謀をしたことないしあおり行為の主体となるべきことに関する事実証明が不十分であるとし、結局公訴事実全部について犯罪の証明がないとして被告人に無罪を言い渡した。

差戻し前の控訴審(以下「第一次控訴審」ともいう。)判決は、本件公訴事実一につき、岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分については、それ自体が訴因の内容とされていたか否かにつき疑問があるとした上、更に、同委員会において、改めて傘下組合員をして同盟罷業を行わせることが討議・決定されたものとは認め難く、同委員会で決定されたことが認定できる各種会議・集会の開催等の取組みの内容は、いまだあおりの企てには該当しないとし、同二1、2については、各日教組からの電報、電話の伝達行為があおりに該当するとしながら、被告人がそれを実行したことないし共謀したことの事実証明がないとして、結論において第一審判決の判断を支持し検察官の控訴を棄却した。

これに対し検察官の上告があり、上告審判決は、「原判決(第一次控訴審判決を指す。以下引用部分において同じ。)は、既に本件公訴事実(一)の関係において、(岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の)明らかに訴因を構成する部分につき訴因の内容であることに疑問を呈するとともに、岩教組第六回中央委員会(において同盟罷業実施体制確立のため各種会議・集会の開催などの具体的な取組みを行うことを決定したことがあおりの企てに該当しないとしたのは、同委員会)に関する事実を誤認し、地方公務員法六一条四号の解釈適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼし、原判決を破棄しなければ著しく正義に反することは明らかである。したがって、右と一罪をなす公訴事実(二)の関係について更に検討するまでもなく、原判決は全部破棄を免れない。」として第一次控訴審判決を破棄して差し戻し、本件が再び当裁判所(以下「第二次控訴審」ともいう。)に係属することとなったのである。

第二控訴趣意及びこれに対する答弁

本件控訴の趣意は、検察官酒井清夫作成名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は弁護人柳沼八郎、同高橋清一、同山中邦紀、同青木正芳、同菅原一郎、同高野範城、同江森民夫、同金井清吉及び同倉科直文共同作成名義の答弁書(弁護人答弁書正誤表(追加)と題する書面を含む。)及び答弁補充書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する(省略)。

第三控訴趣意に対する当裁判所の判断

一  控訴趣意中本件公訴事実一の「あおりの企て」の罪に関する主張について

論旨は要するに、第一審判決は、昭和四九年三月二一日被告人の招集により開催された岩教組第六回中央委員会において、被告人から日教組第五回全国戦術会議の決定事項が報告されるとともに、同月二〇日開催された岩教組中央委員会決定に係る第一号議案「第四四回日教組臨時大会決定事項の確認に関する件」及び第二号議案「当面の闘争推進に関する件」について討議が行われ、右提案が原案どおり可決されたが、その内容の大要は、①岩教組は、春闘共闘委員会(以下「春闘共闘」ともいう。)、公務員共闘の統一闘争として、日教組指令により、第一波四月一一日全一日、第二波四月一三日早朝二時間カットのストライキに参加する、そのため、三月二七日支部長、書記長会議を開催し、ストライキ及び体制確立の大要決定を行う、②三月三一日の公務員共闘のストライキ宣言集会に三五〇〇人を動員する、③四月三日に支部執行委員会を開く、④四月七日に全分会闘争委員長集会を開き、最終点検を行う、⑤体制強化のため、本部は中央闘争委員会の支部担当オルグを配置するとともに、情宣局を設置する、というものであったこと及びこれらの事実について共謀の成立したことを認定しながら、日教組第四四回臨時大会及び日教組第五回全国戦術会議の各決定を確認したこと並びにストライキ参加を決定した事実が、「あおりの企て」に当たるか否かについての判断を遺脱しているほか、①の後段及び②ないし④の各種会議・集会の開催、⑤の中央闘争委員会の支部担当オルグの配置及び情宣局の設置の各決定についても、いまだ「あおりの企て」には該当しないとしたが、右の各種会議・集会の開催等に対する判断は、本件ストライキが日教組及び岩教組の長期間にわたる諸会議の積み重ねの結果日教組本部役員及び被告人ほか岩教組本部役員によって企画準備された計画的、組織的な大規模ストライキであることの実態及びこの間における被告人の果した重要な役割との関連についての統一的、総合的理解を欠き、かつ岩教組第六回中央委員会の開催が本件ストライキ体制の最終的確立のため組織活動上必要不可欠であり、各種会議・集会の開催等がストライキ体制強化をねらいとして企画・決定されたというその実質的意義と内容についての評価を誤って、これらの決定が既に第五回中央委員会の決定や組合員の批准投票等によりストライキ決行体制が基本的に確立し、情宣活動の具体的方針が決定した後に、その内容を再確認したものにすぎず、「あおりの企て」としての具体性に乏しく、違法行為発生の危険性もないとして「あおりの企て」の罪の成立を否定したのは、重大な事実の誤認であり、また原判決は地公法六一条四号の定める「あおり」「あおりの企て」についての憲法二八条、一八条との関係を含めた解釈につき、最高裁昭和四三年(あ)第二七八〇号同四八年四月二五日大法廷判決(刑集二七巻四号五四七頁。以下「最高裁四・二五判決」ともいう。)、昭和四四年(あ)第一二七五号同五一年五月二一日大法廷判決(刑集三〇巻五号一一七八頁。以下「最高裁五・二一判決」ともいう。)、昭和四四年(あ)第二五七一号同五二年五月四日大法廷判決(刑集三一巻三号一八二頁。以下「最高裁五・四判決」ともいう。)等により確立された法解釈を換骨奪胎する不当な制限解釈をすることによって法令の解釈適用を誤り、両者相まって本件「あおりの企て」の罪の成立を否定したものであって、これらが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで、検討するのに、

1  日教組及び岩教組の組織、本件同盟罷業の経緯、態様について、後記証拠(省略)の標目欄掲記の関係各証拠によれば、次の事実が認められる。すなわち、

(1) 日教組は、都道府県単位の教職員組合をもって組織する連合体であり、決議機関として大会、中央委員会、執行機関として中央執行委員会(闘争時には中央闘争委員会となる。)などがあり、中央執行委員会は、「大会並びに中央委員会に提出する議案に関すること」、「決議機関から与えられた事項の執行に関すること」などについて権限を有し、中央執行委員長(闘争時には中央闘争委員長)は、右委員会の議長となるほか、組合を代表し、会議の招集その他の権限をもち、諮問機関として、全国委員長・書記長会議、全国戦術会議等があった。日教組は、本件当時、日本労働組合総評議会(総評)及び公務員共闘、春闘共闘に加盟していた。岩教組は、岩手県内の公立学校教職員らによって組織されている単一体の組合であり、支部、支会、各学校に分会をもち、昭和四九年四月当時約八九〇〇名の組合員を有していた。その決議機関として大会及びこれに次ぐ中央委員会、執行機関として中央執行委員会があり、中央委員会は「闘争組織に関すること」などについて決定する権限を有し、中央執行委員会ないし中央執行委員長については基本的に日教組の場合と同様である。被告人は、本件当時岩教組中央執行委員長であった。

(2) 日教組は、昭和四八年七月開催の第四三回定期大会において、七四春闘においては、「賃金の大幅引上げ・五段階賃金粉砕」、「スト権脱還・処分阻止・撤回」、「年金をはじめとする国民的諸課題」の三大要求実現をストライキ目標とし、国民春闘として官民一体となった一大統一ストライキを組織し、春闘の重要段階における最大の山場に一日ストライキをめどとする強力な戦術を行使することなどを内容とする運動方針案を可決決定した。右大会には、岩教組から被告人ほか五名が出席した。

(3) その後、日教組は、これを受けて、同年八月開催の第一回全国委員長・書記長会議、九月開催の第二回全国戦術会議及び一〇月開催の第八八回中央委員会などでの度重なる討議を通じてその内容を具体化し、昭和四九年四月中旬に第一波早朝二時間、第二波全一日のストライキを組織するとの「七四春闘構想」が決定された。右日教組第一回全国委員長・書記長会議には岩教組から被告人が出席した。

(4) 岩教組は、日教組の第四三回定期大会、第二回全国戦術会議で決定された「七四春闘構想」を受け入れて、昭和四八年一〇月一五日に開催された第三回中央委員会において、大幅賃上げ、スト権奪還、国民的課題等を三大要求目標に揚げて公務員共闘の統一闘争として春闘後半の山場に一波二時間、二波全一日に同盟罷業を行うことなどを内容とする「当面の闘争推進に関する件」を可決決定し、次いで同年一二月一九日に開催された第四回中央委員会において、前記日教組第八八回中央委員会の経過報告がなされた後、七四春闘体制確立のため、岩教組本部は、一月に労働講座、支部長・副支部長・書記長合同会議、二月には中央委員会、支部執行委員会、三月に全分会闘争委員長会議を配置する、各支部は、支部、分会の闘争委員会の設置、学習会の計画、各分会における賃金要求の討論学習と下部討議、分会要求の確認をすすめること等を内容とする「当面の闘争推進に関する件」を可決決定した。

(5) そして、岩教組は、昭和四九年二月二三日に開催された第五回中央委員会において、七四春闘では日教組の機関決定、指令に基づき全一日等のストライキを行うこと、その体制確立のため分会、支部は闘争委員会を設置し、本部は全分会長(闘争委員長)会議や支部闘争委員長会議を招集して統一的な体制づくりを図り、支部単位で三月九日から三月一六日までの間批准投票を実施し、本部は情宣局を特設するなどして組織の強化を図ることなどを決定した。

(6) 日教組は、昭和四九年二月二五日及び二六日に開催された第四四回臨時大会(被告人は出席していないが、岩教組からは阿部書記長外五名出席)において、公務員共闘の統一闘争として春闘決戦段階の山場である四月中旬に第一波早朝二時間、第二波全一日のストライキを行うこと、右統一闘争に関する全組合員に対する指令権は中央闘争委員長(槙枝元文)に委譲されたものとし、全組合員は中央闘争委員長の指令によって行動すること、右の指令は各都道府県教組(以下「各県教組」ともいう。)ごとに批准投票を行った結果に基づき三月一九日の全国戦術会議の確認を経て発するが、その間各県教組は決議機関で闘争を成功させるための意思統一と突入までの手続についての確認をするとともに、組合員に対しオルグ教宣活動を集中的に展開するなどして同盟罷業実施体制の確立に全努力を払うことなどを決定した。

(7) 右日教組第四四回臨時大会の決定内容及び岩教組第五回中央委員会決定を踏まえて、岩教組は同年三月一日中央執行委員長佐藤啓二名義で各支部長、分会長あて指示第三七号「七四春闘を中心とする当面の闘争について」を発し、七四春闘におけるストライキ実施体制確立のため、各支部、分会に闘争委員会を設置すること、各支部は三月九日から一六日までの期間に批准投票を完了させ、三月二五日までに全組合員の決意書を集約することなどを指示した。また、日教組でも同年二月二八日付け中央闘争委員長槙枝元文名義の各県教組委員長あて指示第一八号「七四春闘を中心とする当面の闘争推進に関する件」を発し、右臨時大会における同盟罷業実施についての決定を伝達するのと併せて、各県教組は決議機関で意思統一と闘争体制の確立に全努力を集中することなどを内容とする同盟罷業実施体制の確立を指示し、右の指示は三月五日岩教組にも送付された。

(8) 岩教組組合員による同盟罷業についての批准投票は、同年三月九日から一六日にかけて行われ、過半数の賛成により岩教組の同盟罷業参加が確定的となった。

(9) 他方、日教組は同年三月一九日第五回全国戦術会議を開催し、春闘共闘委員会の決定方針に基づきゼネスト体制を強化するため、同盟罷業の日時は第一波四月一一日全一日、第二波同月一三日早朝二時間と予定し、実施日の最終決定は春闘共闘委員会の三月二七日における決定を待つこととした。そして、各県教組の批准投票を集約した結果、同盟罷業に参加する者は日教組傘下組合のうち、岩教組を含む二五都道府県教組傘下の組合員とすることが確認され、右確認に基づき日教組槙枝中央闘争委員長があらかじめ各県教組から委譲を受けていた指令権を発動する旨宣言するに至った。右会議には岩教組から被告が戦術委員として出席した。

(10) このような状況下で、同年三月二〇日被告人は岩教組中央執行委員会を開催し、日教組第四四回臨時大会及び第五回全国戦術会議の決定の趣旨を受け入れて岩教組第六回中央委員会に提案すべき議案を決定した上、翌三月二一日被告人の招集により岩教組第六回中央委員会が開催され、その席上、被告人において、同盟罷業の日程が第一波四月一一日全一日、第二波同月一三日早朝二時間となったことを含め、日教組第五回戦術会議の決定事項を報告し、次いで、第一号議案「第四四回日教組臨時大会決定事項の確認に関する件」及び第二号議案「当面の闘争推進に関する件」が討議に付され、原案どおり可決決定された。その主たる内容は、日教組第四四回臨時大会の決定事項を確認した上、七四春闘は日教組指令によって闘うこととし、その体制確立のための具体的取組として三月二七日支部長、書記長会議を開催してストライキ及び体制確立の大要を決定し、三月三一日の公務員共闘のストライキ宣言集会に三五〇〇人を動員すること、四月三日新支部執行委員集会、四月七日全分会闘争委員長集会を開き最終点検を行い、また、体制強化のため本部は中央闘争委員の支部担当オルグを配置し、七四春闘要項を作成・配布し情宣局を設置するというものであった。

(11) 日教組本部役員は、同年三月二九日、春闘共闘及び公務員共闘の決定した方針に基づき、全一日の同盟罷業を四月一一日に実施することとして指令を発出することを決定し、直ちに岩教組本部その他多数の関係各県教組あてに「春闘共闘戦術会議の決定をうけ、公務員共闘は四月一一日第一波全一日スト、四月一三日第二波ストを配置することを決定した。各組織は闘争体制確立に全力をあげよ。」との電報を打つなどし、岩教組本部は、これを受けて翌三〇日、書記長阿部忠の手配により、各支部長にあてて「春闘共闘・公務員共闘の戦術決定をうけ、日教組のストライキ配置は、四月一一日全一日、四月一三日二時間と正式決定した、本部」との電報(盛岡、岩手の両支部を除く。)等でこれを連絡し、各支部は、同年四月八日ころまでの間に支部の機関紙にその趣旨を登載して組合員に配布し、あるいは、各分会会議を開催するなどして各組合員にその趣旨を伝達した。

(12) 日教組本部役員は、同年四月九日多数の関係各県教組あてに「各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ。」との趣旨を連絡し、岩教組に対しても、同趣旨を電話で連絡し、岩教組本部では、これを受けて同日阿部書記長の手配により各支部の支部長あてに「日教組からの電話指令、春闘共闘・公務員共闘の交渉は誠意ある回答なし、各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ、日教組、なお現在中央交渉中であり内容は電報で知らせる。」との電報を打つ(盛岡、岩手の両支部を除く。)などして連絡し、各支部は、同年四月九日から一〇日にかけて電報、電話によりあるいは分会会議等を通じて、組合員多数にその趣旨を伝達した。

(13) 岩教組は、その指令権を日教組に委譲していたがその後も主体性を維持しており、日教組が同盟罷業突入指令を発しても、岩教組がこれを(11)、(12)のように伝達しない限り、岩教組傘下の教職員が同盟罷業を実施することは事実上困難であった。

(14) 同年四月一一日予定どおり全一日の同盟罷業が実施され、岩手県下の公立小・中学校総数七六六校のうち七四三校の教職員約六一〇〇名がこれに参加し、このため四七校で早退の措置がとられ、六五七校で自習の措置がとられた。

2  そこで、以上の事実関係に基づき、地公法六一条四号所定のあおりの企ての罪が成立するか否かにつき検討する。

第一審判決は、既に述べたとおり、被告人が岩教組本部役員及び日教組本部役員らと共謀の上、岩教組第六回中央委員会において、同盟罷業を行うこと等を決定したことなど公訴事実記載の外形的事実はおおむね肯認されるとしたものの、同盟罷業の実施を決定したことがあおりの企てに該当するか否かについて判示するところがなく、また、岩教組第六回中央委員会は、岩教組第五回中央委員会、日教組第四四回臨時大会とその後の岩教組における批准投票の成立により本件ストライキ決行体制が確立した後に開催されたものであって、同委員会で決定された①各種会議・集会の開催は、ストライキの準備状況の確認とか情勢報告、現状の確認を行うことが主目的であったり、また、七四春闘の情勢の話をし、ストライキ当日にトラブルを起こしたりしないように指示したにすぎず、いずれの会議・集会においてもストライキの原動力となるような説得慫慂活動が具体的に企画されたとか、現にそれを行ったとは認められず、要するに一連の会議・集会の開催の決定はストライキまでの各種諸会議の日程を確認したにとどまるものであり、②中央闘争委員会の支部担当オルグの配置は、ストライキに対する妨害のような組織攻撃に対する速やかな対応を目的とするもので、直接組合員に向けてあおりの具体的方針を決めたとか、これを積極的に行うことを予定したものとは認められず、現実にどのようなオルグが行われたかも明らかでなく、③情宣局の設置は、第五回中央委員会で確認されていたものであるのみならず、それが、扇動媒体であるとの立証はなく、右決定はいずれも扇動の企画としてその内容は具体性に乏しく、あおりの企てと認めるには極めて不十分であると判示する。

また、第一次控訴審判決は、公訴事実一中岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分が訴因の内容とされていることに疑問を投げかけるとともに、証拠上もその事実は認め難く、証拠上同委員会で決定されたことが認められる各種会議・集会の開催等の取組みの内容はいまだ「あおりの企て」には該当しないと判示していることは、既に見たとおりである。

まず、公訴事実一の記載中、岩教組第六回中央委員会において、傘下組合員をして同盟罷業に参加させる旨の決定をした部分が「あおりの企て」の訴因の内容となっているか否かについては、右公訴事実の記載自体に照らしてもこれを肯定すべきである上、検察官の釈明などによってもこれが訴因でなく単なる事実経過にすぎないとは解することができない(この点については、なお、後述参照。これに対し右公訴事実の記載中、日教組第四四回臨時大会及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認した旨の部分は、第一審検察官の釈明によれば「あおりの企て」の訴因の内容ではなく、単なる事実経過を記載した趣旨にすぎないことがうかがわれるから、第一審判決が、右の各決定を確認したことが「あおりの企て」に該当するか否かを明言しないからといって、判断遺脱があるとはいえない。)。

そして、岩教組第六回中央委員会で確認された日教組第四四回臨時大会の決定中には、四月中旬に第一波早朝二時間、第二波全一日のストライキを行うこと、ストライキの指令権を日教組槙枝中央闘争委員長に委譲することなどが定められ、また日教組第五回全国戦術会議の決定では、ストライキ実施の日を具体化するとともに第一波と第二波の内容を変更し、第一波四月一一日全一日、第二波同月一三日早朝二時間と予定し、批准投票の結果に基づき岩教組等がストライキに参加することとし、槙枝委員長が指令権の発動を宣言したというのであるから、これらの決定事項を確認するとともに、七四春闘は日教組指令によって闘うこととした岩教組第六回中央委員会の決定部分は、とりもなおさず傘下組合員をして本件同盟罷業に参加させることを決定したことにほかならない。次に、同委員会で決定した①各種会議・集会の開催、②岩教組中央闘争委員の支部担当オルグの配置、③情宣局の設置について検討すると、証拠上明らかな本件四月一一日の同盟罷業が、日教組運動史上初めての全一日にわたり公立小・中学校の教育に空白をもたらした大規模な同盟罷業であること、そのこともあって日教組幹部及び被告人を含む岩教組幹部は、しばしば前認定のような会議や集会を開催するなどしてこれに積極的な組合員の意向を集約、組織化するとともに、これに消極的な組合員に対しては闘争への理解と協力を求め、さまざまな働きかけをしてきたものであること、このような中で四月一一日全一日の同盟罷業が二〇日ほど後に迫った重大な時期に、被告人により岩教組第六回中央委員会が招集されたという経緯と、右各種会議・集会の開催等の決定が春闘(本件同盟罷業がその山場となる。)は日教組指令によって闘うこととし、その体制確立のための具体的取組みとして決められたことが認められるのであるから、その意義・趣旨は本件同盟罷業の実施と切り離せないものであり、かつ相互に有機的に関連するものと理解すべきものである。

そうであるとすれば、岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして日教組指令による全一日を含む同盟罷業に参加させること及びそのため前記各種会議・集会の開催等の説得慫慂活動を実施することを決めたことは、前記日教組委員長が発した指示第一八号を受けての機関決定とも解される重要な決定であり、同盟罷業の実施が差し迫った状況の下ではいずれも同盟罷業体制強化を狙いとして行われた積み重ね的準備行為の一こまであることは明らかであるから、これを「ストライキの原動力となるような説得慫慂活動が具体的に企画されたとはいえない」とか、「組合員に向けてあおりの具体的方針を決めたものではない」とか、「煽動の企画として具体性に乏しい」などとして「あおりの企て」に当たらないとし、可罰性がないとすることは相当でなく、これらは日教組指令の伝達などによって同盟罷業の遂行をあおるための体制を維持、継続する作用を有し、一連の経過にも照らせば、まさに同盟罷業のあおり行為の遂行を計画準備する行為であって、同盟罷業発生の危険性が具体的に生じたと認め得る状態に達したものであると認められ、地公法六一条四号にいうあおりの企ての罪を構成するものというべきである(なお、「あおり」ないし「あおりの企て」の解釈については後述参照)。

3  ところで、このような認定・判断に対しては、第一審判決及び第一次控訴審判決がこれと異なった判断をしているほか、弁護人らからいろいろの反論が試みられているので、それらにかんがみ、以下当裁判所の判断を補足して示すこととする。

(1) 弁護人らは、本件公訴事実一の記載中、岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分が訴因の内容とされていないと主張し、第一次控訴審判決も、前述のように右の部分についてはそれ自体が訴因となっていたものとするのはかなり疑問であると判示している。

しかし、本件公訴事実一の中には「岩教組第六回中央委員会を開催し、その席上、日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し、これらをうけ、公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、前記要求実現を目的として、同年四月一一日第一波全一日、同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせること……を決定し、もって、地方公務員に対し同盟罷業の遂行をあおることを企て」との記載があり、右公訴事実の記載自体に照らして、同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分は「あおりの企て」の訴因として最も重要な部分を構成しているものと解される上、公訴事実に関する検察官の釈明などによっても、検察官は、「日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し」との部分が事実経過を記載したものであると釈明しているにすぎず、これらを受け、同盟罷業を行わせることを決定した部分までが訴因ではなく単なる事実経過にすぎないとするとの趣旨はうかがわれないのであって、右部分は訴因の内容をなしているものと解するのが相当である。

これに対し、第一次控訴審判決は、要旨以下のとおり判示している。すなわち、本件公訴事実一の中には、確かに右のような記載があり、それが第一審の審理を通じて維持され、何らの変更も加えられていない。しかしながら、同委員会において右の同盟罷業を行わせる旨決定したことが、それ自体いかなる意味で地方公務員に対し同盟罷業の遂行をあおることを企てたことになるのか一義的に自明であるとはいえないのに、検察官は第一審において右の点につき何ら言及することがない(第一次控訴審に至って初めて右の決定が最終段階におけるストライキ突入指令発出の計画準備行為にも当たり、その意味であおりの企てにも当たると主張したものである。)。のみならず、右の決定は、あおりの企ての内容として主張する趣旨が容易に読み取れる「組合員に対し同盟罷業実施体制確立のための説得慫慂活動を実施することなどを決定し」たこと、並びに、検察官において事実経過として記載したものであると釈明した「日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し」たことと並列して記載されていることから、弁護人から「あおることを企てとは公訴事実のうちどれを指すのか、またその法律的意味如何」との求釈明があったのに対し、検察官は何らの釈明もしていない。しかも、第一審の論告要旨によっても、第一審の検察官すら同盟罷業の遂行を決定したことをもって、同盟罷業実施体制確立のための具体的な取組みを決定したこととは別に、これと独立してあおりの企ての内容として観念していたわけではなく、あくまでも右の具体的な取組みの決定が「具体的、現実的なストライキ」の成功に向けてなされたものであることを示すものとしての位置づけしかしていないことがうかがわれる。以上の諸点にかんがみると、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定したこと自体は、本件あおりの企ての訴因であるかはかなり疑問である。以上のように判示している。

しかし、第一次控訴審の右認定判断は次のとおり相当ではないといわざるを得ない。

同盟罷業を行わせる旨決定したことがいかなる意味で同盟罷業をあおることを企てたことになるかという点について、第一審において検察官が何ら言及するところがないからといって直ちにその部分があおりの企ての訴因になっていないとする理由にはならないと思われる。第一次控訴審判決は右決定がいかなる意味であおることを企てたことになるか一義的に自明でないと判示しているが、公訴事実二の1、2の記載等にも照らせば、右決定は、あおり行為とされている右各ストライキ指令の発出・伝達の計画準備行為としてあおりの企てに当たるとされている趣旨をうかがうことができるから、あおりの企ての訴因の内容として欠けるところはない。この点については、第一審において、裁判所からはもちろん、弁護人側からも直接求釈明がなされた形跡もなかったものである。また、第一審において検察官は弁護人の前記求釈明(あおりの企てとは公訴事実のうちどれを指すのか、その法律的意味如何)に対し何らの釈明もしていないが、それは「釈明の要なし、法律論はこの場で答える必要がない。」と述べて釈明の必要を否定しているのであって、前記決定の部分が訴因の内容となっていないなどとはいっていないし、裁判所もまたそれ以上に釈明を命じているわけでもない。更に検察官の論告要旨についても、「被告人佐藤のあおりの企てについて」の部分の記載をみると、あおりの企ての事実関係として、岩教組第六回中央委員会において可決決定した事項のうち、岩教組傘下の組合員である公立小・中学校の教職員が、ストライキを行うことを決定した点及び春闘体制確立のための具体的取組みを決定した点を並列的に掲げている記載の体裁、その内容に照らし、検察官がそのいずれをもあおりの企ての訴因として観念していたと解すべきであり、第一次控訴審判決のように、前者を後者に比べて従たる位置づけをし、独立の訴因として観念していなかったと解するのは相当ではない。なるほど、右論告要旨において、後者については、それがあおりの企てに当たることをるる主張しているのに対し、前者については、そのような主張はなされてはいないが、それは自明のこととして省いたものとも考えられ、訴因であることを否定する趣旨であるとは考えられない。以上のとおり、公訴事実中傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した旨の部分があおりの企ての訴因の内容となっていない疑いがあるとすることはできない。

(2) 弁護人らは、岩教組第六回中央委員会において傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定した事実はない旨主張し、第一次控訴審判決も、「闘争体制の基本が既に確立し終えていた第六回中央委員会において、先に第五回中央委員会において表明された岩教組自身の本件スト参加の態度決定が問い直され、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることの可否が再度提案され、討議・可決されたものとは認め難い。」とか「岩教組第六回中央委員会で、公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、四月一一日第一波全一日、同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせることを決定したとの点について(は、……)現実にかかる決定があったとまでは認め難(い)。」と判示している。

しかし、昭和四八年度中央委員会綴中の第六回中央委員会議案書・同委員会記録(当庁昭和五七年押第一〇二号の二)をはじめとする各関係証拠によれば、前述のとおり岩教組では第六回中央委員会において、日教組第四四回臨時大会で同盟罷業を行うことが決定されたことを踏まえ、七四春闘は日教組指令によって闘う旨の決定をしていることが明らかに認められるのであり、右決定はとりもなおさず岩教組が本件同盟罷業に参加すること、すなわち被告人ら組合執行部の立場からこれをみた場合、傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定したものということができる。それが、第五回中央委員会において討議・採決がなされたものとほぼ同一のものが確認・採決されたいわゆる確認的決定であったとしても、決定されたこと自体にかわりはなく、しかもその後の日教組臨時大会決定を踏まえての、更に同盟罷業実施の日程に重要な変更がなされた後の決定であること等を勘案すると、右決定の意義を軽く評価するのは相当でない。第一次控訴審判決は、一方で「七四春闘における闘争体制確立のための基本的な事項及び具体的な取組みについて(も)、第五回中央委員会において実質的な討議・採決がなされ、第六回中央委員会においては、ほぼ同一のものが確認、採決された(にすぎない)。」と判示し、第六回中央委員会においても、岩教組の日教組指令による本件同盟罷業への参加が採決されたかのようにいいながら、他方では「(既に)基本的闘争体制は確立したものというべく、……第六回中央委員会において、……「傘下組合員をして同盟罷業を行わせること」の可否を更に提案し、討議・決定することが本件闘争方式のもとでは必要不可欠な手続であるとは認められ(ない)」として、結局、第六回中央委員会においてそのような採決・決定がなされたものとは認め難いと判断しているところ、右判断は、同判決の「あおりの企て」に関する原動力性の理解ともからんで、ひとたびそのような採決・決定がされれば、改めて同旨の採決・決定をする必要性ないし意味がないとの前提に立つもののようであるが、第五回中央委員会における討議・採決を重視するの余り、第六回中央委員会における右採決・決定のあった事実とその意義までをも否定し去ろうとするのは誤りといわざるを得ない。のみならず、岩教組の第五回中央委員会決定があった後、日教組では、第四四回臨時大会で本件同盟罷業を行うことを機関決定し、これを踏まえて各県教組委員長あて指示第一八号を発し、各県教組でも、右日教組の決定に基づき決議機関で意思統一を図り闘争体制の確立に全努力を集中するよう指示していることが認められるのであって、その意味からしても第六回中央委員会での採決・決定手続が不必要であったとは到底いえず、前記のように同盟罷業の日程・戦術に変更があったことをも勘案すると、むしろ重要な機関決定であったといえるのである。

(3) 弁護人らは岩教組第六回中央委員会において決定したとされる各種会議等の開催、オルグの配置、情宣局の設置は、本件同盟罷業の実施に向けて企画された説得慫慂活動とは言い難く、これらは煽動の場であったり、煽動を企画した場ではなく、「あおり」に当たらず、またその内容も具体性に乏しいものであって、このようなことを決めたことがあおりの「企て」に該当するものではないと主張する。

そこで、以下、前認定の傘下組合員をして同盟罷業を行わせることを決定したこと及び所論の各種会議の開催等同盟罷業実施に向けての説得慫慂活動を行うことを決定した点を併せてこれらの決定があおりの企てに該当するか否かにつき、検討を加える。

ところで、地公法六一条四号にいう「あおり」とは、同法三七条一項前段に定める違法行為を実行させる目的をもって、他人に対し、その行為を実行する決意を生じさせるような、又は既に生じている決意を助長させるような勢いのある刺激を与えることをいい、「企て」とは、右のような違法行為の共謀、そそのかし、又はあおり行為の遂行を計画準備することであって、これらのあおり等の行為は、「将来における抽象的、不確定的な争議行為についてのそれではなく、具体的、現実的な争議行為に直接結びつき、このような争議行為の具体的危険性を生ぜしめるそれを指す」ものと解され(前出最高裁四・二五判決、五・二一判決参照)、このようなあおり等の行為こそが一般的に法の禁止する争議行為の遂行を現実化する直接の働きをするものなのであり、違法な「争議行為の原動力をなすもの、換言すれば、全体としての争議行為の中でそれなくしては右の争議行為が成立し得ないという意味においてその中核的地位を占めるものである」(最高裁五・二一判決参照)が、しかし、あおり等の行為が同時に又は順を追って併存する場合において争議行為に対して原動力となるあおり等の行為が一つ存在すれば、それゆえに他のあおり等の行為の原動力性が否定されるとか、あおりの企て等に当たるためには当該行為が原動力性を有する唯一の行為であることを要するかのように解すべきではない(本件に関する上告審判決参照)。この点につき、第一審判決は、「あおり」や「あおりの企て」の解釈につき最高裁四・二五判決、同五・二一判決に従うとする一方で、「あおり」や「あおりの企て」は概念的に不当な広がりがもたらされるおそれがあるとして、「あおり」「あおりの企て」等はそれ自体において真に争議の原動力となり、現実にその実行を誘発する危険があると認められる真剣さないし迫力を有するものであることを要するとし、また組合幹部の地位にある者があおり等の行為に関与したというだけでは足りず、その者が当該煽動行為に対し現実に原動力ないし中核・支柱となるような役割を果たすことを要すると判示するところ、その趣旨は必ずしも明らかではないが、前述した「あおり」や「あおりの企て」の解釈や組合幹部に対する適用につき更に限定を加えようとし、あるいは「あおり」や「あおりの企て」に該当するためには当該行為が原動力性を有する唯一の行為であることを要する趣旨を含むように見られるのであり、そうであるとすれば地公法六一条四号の解釈適用を誤っているというべきである。なお、第一次控訴審判決が「あおりの企て」に当たるためには、当該行為が原動力性を有する唯一の行為であることを要するかのようにいう点も失当といわなければならない。

以上のような解釈を基にして検討すると、本件において「あおりの企て」の前提となる「あおり」として問題となるのはストライキ突入に向けられた指令等の発出・伝達(結局後出の三・三〇電報、四・九電報等)ないしこれに向けた行動要請等の慫慂行為などであると考えられる。したがって、まず、右指令等の発出・伝達及び慫慂行為があおり性を有するか否かが検討されなければならない。

岩教組第五回中央委員会、日教組第四四回臨時大会及び岩教組における批准投票の結果によりストライキ決行体制が基本的に確立し、第五回全国戦術会議における日教組槙枝中央闘争委員長の指令権発動宣言がなされたからといって、岩教組組合員が自動的にストライキに突入できるものではなく、ストライキ決行のためには、なおその後に、岩教組本部を通じての突入のきっかけとなる指令ないしこれに準ずる行動要請が必要であったと認められる。したがって、これら指令等の発出・伝達ないし慫慂行為がストライキに対し原動力となるべき作用を有することは明らかであり、「あおり」性を有するものというべきである。

弁護人らは、前記スト指令権発動宣言が唯一最終のものでそれ以外に指令権の発動はなく、三・三〇電報、四・九電報は、スト指令ではないから、「あおり」性のある行為ではない、と主張するが、この点については後に二のあおりの罪に関連して触れることとする。

岩教組第六回中央委員会の決定内容は前認定のとおり、七四春闘は日教組指令によって闘うこととして、傘下組合員をして四月一一日全一日の同盟罷業に参加させるとともに、同盟罷業実施体制確立のため各種会議・集会の開催などの具体的な取組みを行うというのであって、それは、当然、岩教組第五回中央委員会、日教組第四四回臨時大会、批准投票等とともにストライキ実施体制の確立強化へ向けての段階的手続の一環をなすものであり、またストライキ突入に必要とされる右指令等の発出・伝達を計画準備する行為であり、またストライキ参加の決定とこれへの説得慫慂活動の実施時期、方法を定めたもので、「あおり」のための計画準備たる側面を持つものであるから、いずれも「あおりの企て」に該当するといわなければならない。第一審判決及びこれを是認した第一次控訴審判決は、第六回中央委員会における各種会議・集会の開催、中央闘争委員会の支部担当オルグの配置、情宣局の設置の決定は、実質的にみれば、既に第五回中央委員会において決定あるいは確認した事項の確認ないし再確認にすぎず、いまだ企図の対象となる煽動自体が必ずしも明確ではなく、あるいは具体性に乏しく、本件争議行為に直接結びつき、その具体的危険性を生じぜしめる行為であるとは到底認め難く、「あおりの企て」の構成要件に当たらない旨判示している。しかし、右第六回中央委員会の決定が「あおりの企て」に当たるのは、このようなストライキ体制の確立をはかり、ストライキに関する指令の発出・伝達ないしこれに準ずる行動要請等の説得慫慂活動を計画準備した点にあり、個々の具体的な会議の開催、オルグ活動などを計画したことに基づくものではないから、右決定内容の個々の各種会議の開催、オルグの配置、情宣局の設置等がそれ自体「あおり」に当たる事態を有するかどうかとか、その内容がどの程度具体性を有するかどうかの問題とは、区別して考えられなければならない。しかも、第六回中央委員会の決定により、七四春闘勝利のため体制確立を図るべく、昭和四九年三月二七日新旧支部長・書記長会議、同月三一日公務員共闘ストライキ宣言集会、同年四月三日新支部執行委員集会、同月七日全分会闘争委員長集会が開催され、オルグ活動も行われたことが認められ、これらは、いずれも本件ストライキ体制の確立、維持、強化を目指す性質のものであったことが明らかである。したがって、いずれにせよ、これら各種会議の開催、オルグの配置等を決定したこともまた、本件ストライキに対する現実的危険を帯びさせるものであった。弁護人らの主張は採用できない。

(4) 弁護人らは、本件ストライキは組合員の民主的な討議を経て決定されたもので、その主体は団結体である組合であり、組合員は本件ストライキの三大要求を心から支持し、闘争に対する確信に基づき自主的、主体的に闘争参加を決定し、行動したものであって、本件ストライキの根源は組合員の自発性にこそ求められるべきであり、いささかも「あおり」ないし「あおりの企て」の必要はなかったと主張する。

しかし、本件ストライキが民主的な討議を経て決議され、組合員が自主的な判断で参加したからといって、そのことから直ちに「あおり」ないし「あおりの企て」の成立が否定されることにはならない。個々の組合員が自発的にストライキ参加を決意したというだけで、組織の執行部の意思と無関係に集団的組織的行動である同盟罷業が決行されることは、争議行為の実態に即して考えてみてもおよそあり得ないであろう。個々の組合員の意思を結集し、その意思を更に強固なものにさせて、同盟罷業へ向かわせる指導者の慫慂行為、スト突入及びその時期の決断、指令等が必要なことは明白である。本件においても、同盟罷業に向けての幹部主導による各種会合における学習討議、決意書集約などによる意思確認等を通じて、組織的な教宣活動が行われたことは歴然としているのであって、被告人ら組合幹部の行為が、組合機関の決定を単に伝達し、執行するにすぎないとする見解は、組合幹部の指導性をことさら過少評価するものとして賛成することができず、右主張は失当である。

4  そして、本件における「あおりの企て」については、昭和四九年三月二〇日開催された岩教組中央執行委員会において、日教組第四四回臨時大会の決定及び第五回全国戦術会議の決定を受け入れて岩教組第六回中央委員会に提案すべき議案を決定した上、第六回中央委員会でその内容を決定したものであるから、被告人を含む岩教組本部役員と槙枝委員長ら日教組本部役員との間において当然共謀の成立が認められる。

5  以上のとおり、第一審判決は、本件公訴事実一の関係において、岩教組第六回中央委員会に関する事実を誤認するとともに、地公法六一条四号の解釈適用を誤ったものであって、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない。

二  控訴趣意中本件公訴事実二の1、2の「あおり」の罪に関する主張について

本件は、公訴事実一の「あおりの企て」の罪と公訴事実二の1、2の「あおり」の罪のうち、上告審が「あおり」の罪については格別の判断を示すことなく、「あおりの企て」の罪に破棄事由があるが、「あおりの企て」と「あおり」の罪が一罪をなすことから結局全部破棄を免れないとして差し戻したことが明らかであって、弁護人らが主張するように、「あおり」の部分について上告棄却がなされたのと同一視して無罪が確定したとみるのは相当でない。したがって、差戻し後の控訴審である当審においては公訴事実二の「あおり」の罪についても控訴理由の有無について判断することは可能であると考えるので、以下に検討する。

論旨は要するに、第一審判決は、日教組から岩教組あてに発せられた昭和四九年三月二九日の電報(いわゆる三・二九電報)及び同年四月九日の電話(いわゆる四・九電話)の各伝達(いわゆる三・三〇電報、四・九電報の発出等)にあおり行為性が認められるかについては、日教組からのこれら電報ないし電話が本件ストライキの日程確定の連絡文書ないしストライキ突入体制に変化がなく、ストライキが避け難いとの連絡電話にすぎずあおり行為にあたらないのではないかとの疑問の余地なしとしないが、これらにあおり行為性が認められるとしても、三・二九電報については三・三〇電報等により、四・九電話については四・九電報等により前記のとおり各支部に伝達したのは阿部書記長の単独行為であり、被告人と岩教組本部役員らとの間に共謀が存したことは認められないし、また、被告人があおり行為の主体となるべきことについての関与が形式的に過ぎず、被告人のあおり行為責任は肯認し難いと判示しているが、右は本件ストライキに関する指令権委譲の性質、委譲後における岩教組の主体性をはじめとして、各指令の「あおり」性の理解及び判断を誤っているばかりでなく、日教組からの三・二九電報、四・九電話を受け、岩教組本部から前記各支部へ各電報を発出した前後の諸状況事実に徴して、これらが被告人の指示ないし了解に基づくことを十分推認することができ、更に本件ストライキに至る日教組や岩教組の度重なる諸会議の開催等の事実経過と被告人が岩教組の最高責任者として本件ストライキを実現するために積極的に組合員を指導してきたこと等に照らし、これら諸会議において日教組本部役員並びに被告人及び岩教組本部役員との間に順次共謀が成立し、これに基づいて日教組指令(三・二九電報、四・九電話)の趣旨を伝達する岩教組の三・三〇電報、四・九電報が発出されたと認むべきであるのに、これを否定した第一審判決には重大な事実の誤認があるとともに、地公法六一条四号の解釈適用につき公訴事実一の「あおりの企て」に関して述べたと同一の誤りを犯し、これらの誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

1  そこで検討するのに、さきに述べたように、公訴事実二の1、2について、日教組本部役員が、昭和四九年三月二九日、春闘共闘及び公務員共闘の決定した方針に基づき同年四月一一日全一日ストライキの配置等に関し、岩教組本部その他多数の関係各県教組あてに三・二九電報を打ち、岩教組においては、これを受けて翌日阿部書記長の手配により各支部長に対し三・三〇電報等でこれを連絡し、各支部は各組合員に対しその趣旨を伝達したこと(なお、伝達については後述参照)、また日教組本部役員は、同年四月九日、同じく四月一一日全一日ストライキの突入に関し多数の関係各県教組あての連絡の一環として岩教組本部あてに四・九電話をかけ、岩教組においては、これを受けて同日阿部書記長の手配により各支部長に対し四・九電報等でこれを連絡し、各支部は組合員多数にその趣旨を伝達したこと(なお、伝達については後述参照)が認められる。

2  右の事実に基づいて、まず日教組本部からの電報、電話と岩教組本部からの各電報の発出・伝達等の行為が、地公法六一条四号の「あおり」行為に該当するか否かを検討すると、この点につき第一審判決は、一方において日教組からの電報、電話は単なるストライキ日程ないしストライキ情勢の連絡にすぎないのではないかとの疑問の余地なしとしないといい、他方においては日教組の各電報、電話指令の内容はこれを受けた組合員をしてストライキを行うことの勢いを一段と高めたものと評価する可能性もあるといい断定を避けているが、この点については、第一次控訴審判決も指摘するとおり日教組の三・二九電報が「……公務員共闘は四月一一日第一波全一日スト、四月一三日第二波ストを配置することを決定した。各組織は闘争体制確立に全力をあげよ。……」、四・九電話が「……各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づきストライキに突入せよ……」などの内容である上、それらの発出・伝達の経緯、時機、下部組織の受け止め方等を総合すると三・二九電報及びその趣旨を伝達した三・三〇電報等は、単なるストライキ配置等の連絡にとどまるものではなく、一般組合員に対しストライキへの参加を強く要請する趣旨を含み、また四・九電話及びその趣旨を伝達した四・九電報等は、単なるストライキ情勢の連絡ではなくストライキ突入への決意を強く要請するものとみるべきであり、いずれもこれを受けた一般組合員をしてストライキを行うことの勢いを一段と高めたものと評価するに十分であり、いずれも「あおり」の構成要件に該当するものと認められる。

3  右のように、各電報、電話の発出・伝達行為は「あおり」に当たるものというべきであるが、その発出・伝達状況及び「あおり」性については、弁護人らから種々主張がされているので、これらの点につき併せて検討を加える。

(1) 弁護人らは、前記スト指令権発動宣言が唯一最終のものでそれ以外に指令権の発動はなく、三・三〇電報は単なるストライキ配置の日時決定の連絡であって、スト指令ではないから、「あおり」性のある行為ではない、と主張する。

しかし、前記指令権発動宣言後ストライキ突入まではなお相当の期間があり、かつ他団体との共闘態勢を組んでいて、ストライキの日時も確定したものとはいい難く、その間の情勢に即応しつつ戦術の確定、確認、変更等の措置をとる必要があったものというべく、これら情勢を判断した上で、ストライキ突入の契機となる指令ないしこれに準ずる行動要請を発出することは必然的に予想されていたことと思われる。本件三・三〇電報の内容をみても、日教組からの「春闘共闘戦術会議の決定をうけ、公務員共闘は四月一一日第一波全一日スト、四月十三日第二波ストを配置することを決定した。各組織は闘争体制確立に全力をあげよ。」という電報を受け、「春闘共闘、公務員共闘の戦術決定を受け、日教組のストライキ配置は四月一一日全一日、四月一三日二時間と正式決定した。本部」というのであって、日教組からの電報と併せてみると、三・三〇電報はストライキ決行の確定日時を伝達するにとどまらず、一般組合員に対しその確定日時におけるストライキ参加を強く要請すると共にストライキ体制の確立強化を指示するものであり、「あおり」性のある指令たる性格を有するものというべきである。そして日教組発行の日教組教育新聞は、全国戦術会議に関し、「具体的な(スト)突入日については三月二七日予定の春闘共闘戦術委員会の最終決定を受けて、中央闘争委員会が各県に指令することになった」(三月二二日付け)とか、「春闘共闘委員会は三月二九日最高指導委員会、合同戦術委員会を開き、四月決戦段階の具体的な戦術配置を最終確認した。……こうした春闘共闘の機関決定をうけて日教組は四月一一日全一日スト、四月一三日に早朝二時間ストを決行することを決め全国に指令した」(同月二九日付け、四月二日付け)旨を明確に報道しているほか、岩教組の盛岡支部第一回分会長・書記長会議(昭和四九年四月二日開催)においても、「岩教組は、三月二一日第六回中央委員会で、七四春闘は日教組指令によって闘うことを決定し、同月三〇日、岩教組は日教組の指令により、各支部に体制確立を正式に指示した」旨の報告がなされている。これらのことは、三・二九電報、三・三〇電報がストライキ突入指令の実質を備えているものであることを如実に示しているといえる。

また、弁護人らは、四・九電報は中央交渉の情勢連絡であり、スト指令ではなく、「ストライキに突入せよ」との文言は組合の常套的用語にすぎない、と主張する。

しかし、その内容は「日教組からの電話指令、春闘共闘、公務員共闘の交渉は誠意ある回答なし、各県は予定どおり全国戦術会議の決定に基づき、ストライキに突入せよ、日教組、なお現在中央交渉中であり内容は電報で知らせる。」というのであって、単なる情勢連絡というものではなく、その時点で当局の誠意ある回答がない以上はストライキ突入は必至である旨訴えた行動要請であって、その発出された時機及び電文内容に照らし、「あおり」性を有するものというべきである。当審における証人槙枝元文、被告人の供述にもかかわらず、これらの文言が単なる常套的用語にとどまるものであったとは認め難い。

(2) さらに、弁護人らは、三・三〇電報、四・九電報が傘下組合員に伝達されたことはない旨主張する。しかし、関係証拠によれば、日教組本部の三・二九電報、四・九電話の趣旨が岩教組本部から各支部に三・三〇電報、四・九電報として(盛岡、岩手支部には電話による)伝達された後、各支部においてもその趣旨を機関紙に登載して組合員に配布し、または電話によりあるいは各種会合などにおいて口頭で各支会、分会に伝達し、これを受け分会長などが傘下組合員多数に伝達していることが優に認められる。すなわち、三・三〇電報については、関係証拠特に第一審証人千田達雄(第九回)、同菊池正二(第一〇回)、同菊池こと菊地礼次(第一〇回)、同平田裕彌(第四一回)、同福勢隆(第五一回)、同細越瑛雄(第五三回)の各公判調書中の供述部分、坂本義人、舞田慶文の検察官に対する各供述調書、第一回幹事会(<証拠省略>)、第一回分会長・書記長会議(<証拠省略>)、宮古支部闘争日報(<証拠省略>)等によれば、右電報の趣旨を闘争日報等の機関紙に登載して組合員に配布回覧したり、あるいは昭和四九年四月上旬開催の分会長会議、幹事会等で支部役員が右電報の趣旨を支会や分会に報告伝達しており、これを受けて、更に分会長が分会会議等で分会員に同様の伝達をしていることが認められる。また、四・九電報については、関係証拠特に第一審証人菊池正二(第一〇回)、同松田英三(第一八、一九回)、同葛西真哉(第一二、一三回)、同平田裕彌(第四一回)の各公判調書中の供述部分、坂本義人、菊池友輔、小田富司の検察官に対する各供述調書、電報発信原書(<証拠省略>)等によれば、参加の分会に右電報と同趣旨の内容の電報を発信している支部(宮古、九戸支部)や、電話で右電報の趣旨を分会長に伝達している支部(気仙支部)があるほか、闘争委員会等の席上で支部役員が右電報の趣旨を各分会に伝達し、これを受けて、更に分会長等が分会員に同様の伝達をしていることが認められる。加えて関係証拠によれば、同年四月上旬に開催された各種会議においても、日教組統一行動は四月一一日全一日のストライキ、四月一三日二時間のストライキと(正式)決定したなどとの報告が改めてなされ、多数の組合員に各電報の趣旨の伝達がなされていることがうかがわれる。これに対し、当審におけるこの点に関する弁護人ら申請の各証人は、当時の支部役員、分会員とも異口同音に、各電報の伝達をしたこともなければ、伝達を受けたこともなく、また伝達を受ける必要性もない旨証言しているけれども、これらの証言は右に述べた各証拠に照らしてその信用性は疑わしく前記第一審証人の証言等の信用性を覆すに足りない上、もとよりあおり行為の成否を決定するにつき、各電報の内容がもれなく全組合員に伝達されることは必要でないから、右当審証人の各証言があるからといって、前認定の妨げとなるものではない。

4  そこで、次に、被告人の共謀に関する検察官の所論について検討を進める。記録によれば、検察官は第一審において、公訴事実二の1、2の被告人と日教組本部役員及び岩教組本部役員との共謀の日時、場所、態様について、1は昭和四九年三月二九日ころ岩教組本部における会議において日教組の電報指令を受けてこれを傘下組合に伝達することを決定したときに、2は同年四月九日岩教組本部における会議において日教組の電話指令を受けてこれを傘下組合に伝達することを決定したときに成立したものであり、被告人はいずれもこれに関与しておりかつ実行行為者である旨釈明し、その後の冒頭陳述においても、右の各指令を受けた被告人ら岩教組本部役員は、岩手教育会館内岩教組本部において、各指令を傘下組合員に伝達することを決定した旨右釈明とほぼ同趣旨の主張をした。これに対し弁護人らは、被告人の右謀議への関与を争い、そのため、第一審においては検察官の釈明に係る右会議における共謀の成否をめぐり、双方の攻撃防御が展開されてきた。なお検察官は、その後の第一審においても右釈明を維持し、これを変更した形跡はない(第一次控訴審及び第二次控訴審においても、右の釈明自体の変更はされていない。)。

第一審判決は、被告人ら岩教組本部役員が、検察官主張の日時、場所において、その主張のような会議を開催し、日教組からの右電報、電話の伝達を決定したこと、また、被告人が自ら直接各伝達を指示したことを認めるに足りる証拠はなく、むしろ、三・三〇電報、四・九電報の各発出手続そのものはいずれも阿部書記長が被告人と協議することなく自己の判断で単独でおこなったものと認められるとして、被告人の共謀の成立を否定し、第一次公訴審判決も同旨の判断をしているが、全証拠を検討しても右のように会議における決定、あるいは具体的指示、協議による被告人の共謀の成立をうかがわせるに足りるものはないから、当裁判所も右の判断を是認すべきものと考える。

検察官の所論は、たとえ右の会議が開催されたことがなく、また被告人が事実行為としての発出・伝達に関与したかどうかは別としても、三・三〇電報、四・九電報の各発出はその重要性と内容からみて組合書記長が専決できる事柄ではないこと、日教組からの三・二九電報、四・九電話が岩教組に到達し、岩教組がこれを受けて三・三〇電報、四・九電報を各支部に発出した時間帯に被告人が岩教組本部に出勤、在留していることが推認でき、これら電報発出に当たっては、被告人あるいは阿部書記長の机上にあった電話が使用されていることなどの情況的事実に徴すると、右の各時点において被告人の指示ないし了解に基づいて阿部書記長が伝達手続をとったものと認定するのが、事理に即し、合理的な推認であり、本件の実態にも合致するものであると主張する。しかし、岩教組が日教組からの電報、電話を受け、各電報を各支部に発出した時間帯に被告人が岩教組本部に在留していたことを確認するに足りる証拠はないから、所論のような推認をするにはなお合理的な疑いが残るというほかはない。もとより被告人は、岩教組中央執行委員長として日教組本部からの指令等を受け取り、これを岩教組本部として支部等へ伝達するについては、当然岩教組の代表ないし執行機関としての責任者の地位にあったのであるから、本件の日教組からの電報、電話の伝達について自ら直接関与しなくとも、伝達責任者ということができるが、それは機関としての業務責任であってそのことから直ちに「あおり」行為者としての刑事責任を負わせることができるといえないことは当然である。

検察官の所論は、更に、本件ストライキに至るまでの日教組及び岩教組が開催した諸会議や被告人の組合員に対する指導等に照らし、被告人と日教組本部役員及び岩教組本部役員との順次共謀を認めるべきであると主張する。記録によれば、岩教組においては、すでに昭和四八年七月開催の第一回中央委員会において「全一日ストライキ」を含む七四春闘構想を盛り込んだ日教組第四三回定期大会議案を全面的に支持することを決定し、これが日教組の右大会において可決されるや、その後これを受けて中央委員会等各種の組織内会議で討議を重ねるなどして着々と同盟罷業へ向けての準備を重ねていたものであり、被告人は、岩教組の中央執行委員長として各種会議を招集し、争議体制全般を指揮、統括して争議行為の実施に向け、幹部を通じて一般組合員の指導に努め、本件同盟罷業の遂行上重要な役割を果たしていたことが認められ、このような被告人の組織上の立場や果たしてきた役割を考慮すれば、三・二九電報、四・九電話の内容の伝達が直接には被告人と協議することなく阿部書記長の手配によりなされたものであり、また、当日伝達を決定するための会議等が開催されなかったとしても、被告人の包括的指示、了解内の行動であったのではないかとの疑いがないわけではない。しかし、検察官は、第一審においては、右のような態様で共謀が存在したとの主張は一切行っていないのであり、その結果として被告人、弁護人らもこの観点からの防御活動を行っていないのである。したがって、右の点を争点として顕在化させる措置をとることなく、所論のいう経過的情況事実等から被告人の右電報電話の伝達に対する関与を肯定することは、本件の審理経過等にかんがみると、被告人に不意打ちを与え、その防御権を不当に侵害するものといわなければならない。この意味において、結局、本件「あおり」につき被告人の共謀の存在を否定した原審の判断には誤りがないというべきである。そして、第一審判決になんらの誤りが見出されないのに、控訴審において共謀態様に関する別個の主張が付加されたことを理由に、その新たな主張事実を認定し第一審判決がことを認めず罰条を適用しなかったことが結局において第一審判決の事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りになるとして、これを破棄することは、控訴審がいわゆる事後審査審であることに照らし、許されないと解すべきである。そうしてみれば、当審としては、公訴事実二の1、2の各訴因につき犯罪の証明がないとした第一審判決を維持するほかないのである。

5  なお、本件事案の性質、第一審における公判審理の経過、特に詳細になされた検察官の釈明の経過と内容、本件の証拠関係等に照らせば、公訴事実二の1、2の共謀の時期、内容、方法等に関する検察官の釈明の変更等につき、第一審裁判所が更に釈明権を行使しなかったことが訴訟手続の法令違反に当たるとはいえない。

6  以上のとおりであるから、その余の点についての判断に立ち入るまでもなく、本件公訴事実二の1、2についての事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りをいう論旨は理由がないことに帰着する。

第四弁護人のその余の主な主張について

一  公訴権濫用による公訴棄却の申立てについて

弁護人らは、本件の捜査とそれに基づく公訴提起について、①政府、自民党は昭和四九年六月の参議院議員選挙を控え、教育問題を争点にし、いわゆる教頭法制化法案を強行採決で成立させ、「日の丸」「君が代」の法制化、修身の復活等を提唱し、日教組に対する意図的攻撃をしつように展開した上、同年二月から日教組の活動を捜査の対象とする刑事弾圧体制を敷いて、四月一一日本件ゼネスト当日からは公然と全国的に大々的な捜査を行い、参議院議員選挙公示日の前日、東京、浦和、盛岡で一斉に公訴提起を行ったものであり、政治的な弾圧を加える意図が明白である、②本件行為時においていわゆる都教組事件判決(最高裁昭和四一年(あ)第四〇一号同四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号三〇五頁)が変更されず有権的に存在しており、仮に将来判例変更が予測できたとしても検察官が右判例を否定するような拡大・拡張解釈する形で犯罪の嫌疑を拡大し、捜査を行うことは憲法三一条に反し許されない、③四月一一日全一日ストライキを行った多数の組合の中から、何故日教組が捜査の対象に選ばれ、その中の岩教組の被告人が起訴されたのかについて、合理的な理由がない、などとして本件公訴提起は違法、不当なものとして公訴権の濫用であるから公訴は棄却されるべきである、と主張する。

そこで検討するのに、岩教組等日教組傘下の組合による本件四月一一日ストライキを含む七四春闘における春闘共闘、公務員共闘の統一闘争としてのストライキは、それ自体大きな政治情勢の渦中においてなされた行動であり、その意味で被告人らに対する捜査、公訴提起が一面において政治的色彩を帯びることは避け難いところであるが、しかし、関係証拠によれば、岩教組による本件ストライキは、全県全一日という大規模な違法争議行為であって、公共性の高い公立学校における義務教育の実施に少なからぬ影響を及ぼしたものであること、被告人は岩教組の最高幹部の地位にあってこれを計画、指導、推進したものでその刑事責任は決して軽くないことが認められるから、被告人に対する本件公訴の提起が起訴に値しないことの明らかなものを政治的な弾圧を加える意図の下にあえて起訴したものとは認められない。また、本件の被告人のような行為に地公法六一条四号を適用することが合憲であることは、本件ストライキの約一年前になされた最高裁四・二五判決を先例としてほぼ予測できたところであり、検察官が最高裁四・二五判決の考えに立ってその職務を行ったことが憲法三一条その他の法条に違反するとはいえない。したがって、被告人に対し、地公法六一条四号違反としてその刑事責任を問うため捜査を行い、起訴に至ったことにつき違法、不当のかどはない。弁護人らの主張は採用できない。

二  地公法三七条一項、六一条四号の違憲性の主張について

弁護人らは、地公法三七条一項は憲法二八条に、地公法六一条四号は憲法二八条、一八条、三一条に違反する、と主張する。

しかし、地公法三七条一項の争議行為等一律全面禁止規定及び同法六一条四号の罰則規定が所論憲法の各規定に違反するものでないことは、最高裁判所の強固に確立した判例であり(前出最高裁五・二一判決、昭和六一年(あ)第二〇四号平成元年一二月一八日第一小法廷判決・刑集四三巻一三号八八二頁、昭和六三年(あ)第六九九号平成二年四月一七日第三小法廷判決・刑集四四巻三号一頁、なお前出最高裁四・二五判決、最高裁五・四判決参照)、この結論については、当裁判所もこれと別に解すべき格別の理由は見出せず、右最高裁判例の判旨を踏襲すべきものと考えるが、以下に若干補足する。

1  地公法三七条一項の合憲性

憲法二八条の労働基本権の保障は、勤労者である地方公務員に対しても及ぶものと解すべきであるが、地方公務員は、特別の公法上の勤務関係に立つものであって、私企業の労働者のように私法上の労務給付の契約関係に立つものではないこと、その職務の内容が原則として公共の利益に奉仕するものであり、常に安定した状態のもとに、円滑に遂行されることが要請されていること、このことから、地方公務員が争議行為に及ぶことはこのような地位の特殊性及び職務の公共性と相反する関係に立ち、しかも地方公務員を含めた地方住民全体ないし国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか、そのおそれがあるから、その争議行為が地方住民全体ないし国民全体の共同利益の見地から制約を受けることはやむを得ないと思われる。それは外在的な制約というよりはむしろ内在的な制約と言うべきものであろう。

地方公務員について勤務条件の法定主義がとられていることも、労働基本権の制約、とりわけ争議行為禁止の有力な根拠となると考えられる。地方公務員の給与その他の勤務条件の決定は、私企業の場合と異なり、民主国家のルールに従い法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によって定められ(地公法二四条、二五条、なお二六条、一四条)、職員団体には団体協約締結の権利が否定されている(地公法五五条二項)。地方公務員である教職員は、この点において、そうでない私立学校の教職員とは決定的に異なっている。その実質的理由は、地方公務員の選定罷免は最終的には地方住民固有の権利とされていること、地方公務員の給与の財源は地方公共団体の税収等によって賄われていること、職務は、地方住民に対し公務の民主的かつ能率的な運営を保障することを目的としているから、公務員の雇用条件は、常に地方住民の統轄と監視下におかれなければならないこと、公務は、公正かつ中立を保持することが必要であるから、争議行為の圧力により勤務条件決定の手続をゆがめるのは妥当でないこと、地方公務員の給与については、市場理論が働かないこと等が挙げられよう。このようないくつかの協約締結権否認の実質的理由をみると、地方公務員にとられている勤務条件法定主義はそれなりの合理的理由があり、地方公務員の労働基本権、とくに団体交渉権、争議権を制約する積極的な理由となるものと解される。勤務条件法定主義、財政民主主義の原理も硬直的なものではなく、憲法二八条の団体交渉権等も弾力的な内容をもつものと理解するのが妥当と思われるけれども、しかし、争議行為は、本来労働協約締結権があって初めてこれを敢行する意義があるのであって、協約締結権がないのに争議権の保障をいうのは相当でない。結局、勤務条件法定主義、財政民主主義は本質的には労使自治の原則とは相容れないものと考えられ、十分な代償措置の具備と相まって争議行為等禁止の合憲性を基礎づけているものと解される。そして、代償措置としては、地公法上、地方公務員の勤務条件に関する利益を保障する定めがされており(特に給与について前記二四条ないし二六条)、国家公務員に関する人事院制度(国家公務員法三条)に対応するものとして人事委員会又は公平委員会の制度(地公法七条ないし一二条)が設けられ、国家公務員については企業の平均的給与水準を参考にした人事院勧告制度がとられており、後述のとおり本件より以前の昭和四七年からは実施時期の点も含めて人事院勧告が完全実施され、地方公務員についても国家公務員の改善に準じて改善実施されていることが認められ、したがって、人事委員会等の制度が代償措置の制度として完全ではなく批判の余地があるとしても、制度上、地方公務員の労働基本権の制約に見合う代償措置としての一般的要件を満たしており、それなりの機能を果たしていると認めることができる。

ところで、弁護人らは、公務員の争議行為等一律全面禁止の合理性を肯定する最高裁判決は、次の点において根本的な誤りがあると反論している。すなわち、

(1) 労働基本権の保障は「勤労者の経済的地位の向上を目的とするものである。」と述べる一方で「この労働基本権は、右のような、勤労者の経済的地位の向上のための手段として認められたものであってそれ自体が目的とされる絶対的なものでないから、おのずから勤労者を含めた国民全体の共同利益の見地からする制約を免れない。」とし、結果的に経済的地位の向上が図られれば労働基本権の保障は必要ないとして労働基本権の意義を軽んじているが、労働基本権も自由権と区別することなく、憲法上の基本権相互の調和を図る限度でのみ制限が認められるべきである、と主張する。しかし、最高裁判決は、公務員も原則として憲法二八条の労働基本権の保障を受ける勤労者に含まれるものであることを肯定しながらも、その職務の公共性とその地位の特殊性を考慮に入れ、その労働基本権と公務員も含めた地方住民ないし国民全体の共同利益との均衡調和を図るべきであるという基本的観点に立ち、労働基本権の制約もいまだ違憲と見ることはできないとしているのであって、あくまで相反する憲法上の諸利益の調整を図る見地から判断していると解されるのであり、ことさら労働基本権の意義を軽んじているとは考えられない。

(2) 労働基本権と統治原理である「勤務条件法定主義、財政民主主義、議会制民主主義」を対置させ、「非現業の国家公務員の場合、その勤務条件は、憲法上、国民全体の意思を代表する国会において法律、予算の形で決定すべきものとされており、労使間の自由な団体交渉に基づく合意によって決定すべきものとはされていないので、私企業の労働者の場合のように労使による共同決定を内容とする団体交渉権の保障はなく、右共同決定のための団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた、憲法上、当然保障されているものとはいえないのである。」としているが、これは統治原理を優先させ、かつ、団体交渉権の意義について「共同決定のための団体交渉権」という特異な解釈をとることにより、公務員の労働基本権と勤務条件法定主義等の調和は図り得ないとしている点で誤っている。勤務条件法定主義、財政民主主義といっても、公務員の給与、その他の勤務条件の細目に至るまですべて国会が定めなければならないとする趣旨ではなく、大綱において法律、予算の形式で国会の議決を経ることが要求されているということであるから、公務員の勤務条件決定に当たり法律、予算の大綱の範囲内で内閣と労働組合の間で決定したり、予算にかかわらない勤務条件について法定の基準の中で内閣と労働組合が決定することは十分可能であるし、また予算の大綱や法定の基準にかかわる事項についても国会に提案する原案についての合意をする余地が十分あり得るのであり、勤務条件法定主義、財政民主主義、議会制民主主義と公務員の団体交渉権とは相容れないものではなく、両立できるものである。また、団体交渉は労使の合意を目的とする折衝であり、単なる事実行為である。団体交渉権の権利の性格としては使用者に団体交渉応諾義務や誠実団交義務を課し、刑事民事の免責が受けられる点に権利性があるのであって、勤務条件の決定権を付与するというものではない、との主張がある。しかしながら、大綱的基準のもとで具体的な勤務条件を団体交渉で決定するという制度をとる余地があるとしても、そのような制度は、立法上国会から付与されて初めて認められるのであって、国会の意思とは無関係に、憲法上の要請として存在するものとすることはできないであろう。更に、争議権は、憲法上、勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権が存在することを前提として、交渉に行詰まりが生じた場合の打開手段としてそれが保障されているかどうかが論ぜられるべきであって、右の前提を欠く場合にも単なる事実行為として保障されると解するのは相当とは言い難い。

2  地公法六一条四号の合憲性

以上のとおり、地方公務員の争議行為の禁止は、憲法に違反することはないのであるから、何人であっても、この禁止を侵す違法な争議行為をあおる等の行為をする者は、違法な争議行為に対する原動力を与えるものとして単なる争議参加者にくらべて社会的責任が重く、また、違法な争議行為を防ぐため、その者に対し処罰の必要性と合理性があるから、その罰則を定める地公法六一条四号は憲法二八条に違反しないと解することができる。

弁護人らは、地公法六一条四号は、労務を提供しないことを処罰する結果となり、ひいてはその意に反する苦役を強いることになるから憲法一八条に違反し、また、およそ争議行為というものが、組合員の自主的、自覚的な団結活動であるという特質からいって、組合役員から一般組合員まで、争議行為遂行の過程で、集団で討議し、説得、慫慂、激励しあうのは当然であるから、「共謀、そそのかし、あおり」に当たる行為をとらない者など考えられない。したがって、地公法六一条四号は、地方公務員の争議行為関与のあらゆる段階におけるあらゆる態様のかかわり方も、それが争議行為の遂行に向けられている以上、これを犯罪として処罰の対象とし得るものであり、文字どおり解釈すれば争議行為の参加自体が犯罪とされているのであり、刑罰の最小限度原則、謙抑性・補充性の原則に反している。また、地方住民の生活利益に重大な影響を与えるものから、影響の軽微なものまで全面一律に処罰の対象とし、かつ構成要件の各行為類型が極めて不明確であって憲法三一条に違反する、などと主張している。

しかし、違法な争議行為をあおるなどする者の行為は、労務を提供しないから可罰的だとされているのではなく、さきに述べたとおり、違法な争議行為の原動力をなすものとして単なる争議参加者に比べて社会的責任が重く、その責任を問うだけの合理性があるとされているのであって、同条は、単なる争議参加者はなんら処罰されないということを当然の前提としているものと解される。同条が争議指導者の社会的責任の重大性にかんがみ、その処罰の必要性を是認しているからといって、そのことが直ちに刑罰の制裁の下に、一般公務員に対し本人の意思に反する就労を強制することになるとは解されないから、憲法一八条に違反するものではない。右規定が刑罰最小限度原則に違反するものでないことも明らかである。

また、あおり行為等の罪として刑事制裁を科されるのは違法性の強い争議行為に対するものに限るとし、あるいはまた、争議行為に通常随伴するあおり等の行為を処罰の対象から除外しようとする限定解釈(いわゆる二重のしぼり論)は、違法性の強弱の区別の基準が甚だあいまいで限界が不明確であるのみならず、行為時以後の事情をも加えて、あおり自体もしくは争議行為の違法性の強弱の判定の資料にしようとするものであって、法の恣意的解釈への道を開く危険があり、犯罪構成要件の保障的機能を失わせることにもつながり、かえって、憲法三一条に違反する疑いがあるとの非難を免れないように思われる。そして、地公法六一条四号にいう「あおり」及び「あおりの企て」は、さきに述べたように解釈するのが相当であるから、これによれば犯罪構成要件の内容が漠然としているものとはいい難い。以上により、憲法三一条違反をいう主張も採用できない。

三  教育公務員に地公法三七条一項を適用するのは適用違憲であるとの主張について

弁護人らは、地公法の制定経過、公務員の職務の多様性、そして教師の職務の特質、教師とその団体の活動を具体的に検討するならば、地公法三七条に定める職員(地方公務員)には教員は含まれないと主張する。しかし、地公法三七条は、地方公務員である限り、すべての者に適用されるものであって、特に教員についてこれを除外する特段の理由は認められないから、所論は独自の主張というべく、採用できない。

四  本件当時、代償措置が不十分であり、本件について地公法六一条四号を適用するのは違憲であるとの主張について

弁護人らは、本件ストライキ当時は異常なインフレ下にあって、代償措置がその機能を果たしていたとはいい難く、そのような事態下で行われた本件争議行為のあおり等の行為に地公法六一条四号を適用するのは憲法二八条に違反する、と主張する。

仮に代償措置が全く本来の機能を果たさない場合には、一種の違憲状態を生じ公務員がこの制度の正常な運用を要求して相当と認められる範囲を逸脱しない手段態様で争議行為に出たとしても、憲法上保障された争議行為といい得る場合もあるであろう。しかし、国家公務員については、本件行為が生じた以前の昭和四五年から人事院勧告が実施時期の点を除いて完全実施され、同四七年からは実施時期の点も勧告通り四月実施へと改善がはかられ、地方公務員についても、国家公務員の改善に準じて改善がはかられた。また、昭和四八年から四九年にかけての本件ストライキ当時の異常インフレに対応して、人事院は、昭和四八年八月九日国家公務員の賃金を四月一日にさかのぼり一五・三九パーセント引き上げる旨の勧告を行い、そのとおり実施され、更に、年度末手当〇・五か月分のうち〇・三か月分の一二月繰り上げ支給がなされ、その復元措置として翌年四月に〇・五か月分の年度末手当の支給がなされ、更に、給与引き上げを見込んでの暫定的給与(一〇パーセント引き上げ)の支給とその給与改定(昭和四九年七月二六日、四月一日にさかのぼる二九・六四パーセントの引き上げ)を勧告し、これらも完全実施されており、岩手県の地方公務員においてもこれに準ずる措置がとられていた。このように、本件ストライキ前後の異常インフレによる実質賃金低下の事態に対して、比較的迅速に対処していたものといえるから、本件ストライキ当時、代償措置制度が本来の機能を発揮していなかったとはいえない。のみならず本件ストライキは、前年七月の日教組第四三回定期大会においてその萌芽があらわれ、賃金問題もさることながら、いわゆるスト権回復にも重点をおいた政治闘争の一面をも有するとみるべきで、賃金問題については、それまでの交渉経過からみて相応の是正がなされることが十分期待されていたこと及びストライキ突入の契機が四月一〇日の閣議決定に触発されたことによるものであることにも照らすと、本件ストライキは、必ずしも代償措置本来の機能回復を図って行われたものとは認め難い。したがって、弁護人らの右適用違憲の主張は採用できない。

五  地公法三七条一項、六一条四号はILO憲章、ILO八七号条約、ILO九八号条約、ILO一〇五号条約及び国際人権B規約に違反し、したがってまた憲法九八条二項に違反するとの主張について

弁護人らは、①近年の最高裁判例のように、地方公務員の争議行為を禁止する地公法三七条一項及び争議行為のあおり行為等について刑罰の制裁を科している同法六一条四号が、「公権力の行使を担当する機関としての資格で行動する公務員」あるいは「その停廃が国民の全部もしくは一部の生命、身体の安全もしくは健康を危うくする業務」に限定しないとすれば、多種多様な職務を担当する地方公務員のストライキ、特に教職員のストライキを禁止し、そのあおり行為等を全面的に処罰し、かつ平和的ストライキにも懲役刑を科し得ることになる。②地公法の定める人事委員会、公平委員会の制度(国家公務員法の定める人事院の制度も同様である。)は、委員会の構成の公平が担保されていないこと、当事者の手続への参加が保障されていないこと、その勧告は当事者を拘束するものでなく完全迅速に実施されないことにおいて、団体交渉権及び争議権否認の代償措置たり得ない。よって、地公法三七条一項、六一条四号はILO憲章(ILOの目的に関する宣言を含む。)によって保障されている結社の自由の原則に違反し、このILO憲章上の結社の自由の原則を具体化したILO八七号、九八号条約に違反し、ILO諸機関によって確立された結社の自由の原則に違反し、したがって憲法九八条二項に違反する、と主張する。

しかし、ILO八七号条約は、ストライキ権を取り扱うものではないという了解の下に採択されたものであって(この了解は現在においても変更されていない。)、争議権の保障を目的とするものではなく、また、ILO九八号条約は六条において、「この条約は、公務員の地位を取り扱うものではなく、また、その権利又は分限に影響を及ぼすものと解してはならない。」と規定して、公務員の地位の特殊性を認めており、また、公務員の争議行為禁止措置を否定する国際慣習法が現存するものとは認められない。なるほど、ILOの条約勧告適用専門家委員会及び結社の自由委員会が、意見や報告等において、八七号条約、九八号条約について、弁護人らが主張するような解釈を採っていることが認められるけれども、それらは、各国政府に対し、その解釈の趣旨に沿った労働立法の整備等を要望しているにすぎないものであり、もとより慣習国際法すなわち確立された国際法規として国内法としての効力を有するものではない。また、代償措置も完全とはいい難いとしても一応整備されているといえることは既に説示したところであるから、右主張はすべて採用することができない。

弁護人らは、地公法六一条四号が、ILO一〇五号条約一条d項、したがって国際人権B規約八条三項に違反し、またILO八七号条約、したがって国際人権B規約二二条に違反し、結局憲法九八条二項にも違反するものと主張するが、ILO一〇五号条約は、未だ国内法規としての効力を有するものではなく、また、右規定がILO八七号条約に違反するものでないことは、前説示のとおりであるから、右主張も採用することができない。

六  可罰的違法性不存在の主張について

弁護人らは、本件争議行為は、その目的・動機、手段・方法・態様、法益侵害の程度などいずれの点からみても社会的に相当な行為であって、法秩序全体の精神に照らし、許容されるものと認められるから、その「あおり」ないし「あおりの企て」についても可罰的違法性はない、と主張する。

しかし、本件ストライキは、七四春闘の三大要求の一つである「スト権奪還・処分阻止・撤回」をも掲げて行われたもので、単に賃金問題だけがテーマであったわけではなく、経済的目的のほかに政治的目的の側面をも有していたこと、全県全一日という規模の職場放棄であって、公共性の高い公立学校における義務教育に与えた影響は軽くみることができないこと、岩教組の中央執行委員長としてこれを指導した被告人の行為とこれによる法益侵害の程度が軽微であるとはいえないこと等を勘案すると、被告人の行為が法秩序全体の見地から許容され、刑法上違法性が阻却されるとはいえない。被告人の行為に可罰的違法性がないとする主張は採用することができない。

七  証拠排除の申立てについて

弁護人らは、平成四年三月六日付け「証拠排除決定の申立書」及び同五年一月二五日付け弁論要旨において、第二次控訴審(当審)第七回公判調書中証人阿部忠の供述部分(速記録)のうち、同速記録の①一〇丁裏一行目から一二丁裏五行目まで、②四八丁裏一一行目から五〇丁裏五行目まで、③五八丁裏一二行目から六八丁裏一二行目まで、④七一丁表二行目から七八丁裏八行目まで、⑤八三丁裏一行目から八六丁表一行目までの部分は、証言拒絶権を侵害して得られた違憲違法な証言であって証拠とすることができないものであるから、右証拠を排除する決定をすべきである、と主張する。

刑事訴訟法一四六条の証拠拒絶権が憲法三八条一項に基づくものであることはその主張のとおりであるけれども、被告人の黙秘権とは異なり、証人がこれを行使しないで自己が刑事訴追を受け又は有罪判決を受けるおそれのある尋問に対して一旦証言をした場合には、その範囲内で証言拒絶権を放棄したものであり、かつその時点において既に訴追等を受ける危険が発生しているのであるから、その後再び証言拒絶権を認める理由に乏しく、もはや異なった審級においても証言を拒絶することは許されないと解するのが相当であって、これを同一審級に限定すべきであるとする合理的理由は見い出せず、このように解しても憲法三八条一項の趣旨に反するとは考えられない。

これを本件についてみるのに、当審証人阿部忠は、第一審においても証人として尋問を受け、前記の①ないし⑤の供述と同趣旨の事項について、弁護人の主尋問及び検察官の反対尋問に対し、証言拒絶権を行使することなく証言していることが認められ、これらの点についていずれも証言拒絶権を既に放棄していたものと解されるから、当審においてこれらの点について更に尋問をし、証言を求めたからといって、証言拒絶権を否定し、不利益な供述を強要したことにはならない。弁護人らの主張は採用できない。

第五破棄自判

既に述べたとおり、原判決(第一審判決)は、本件公訴事実一の関係において事実を誤認し、法令の解釈適用を誤ったものでその誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、これを破棄すべきものであるが、本件公訴事実一の罪と二の1、2の罪は包括一罪の関係にあるから、原判決は結局全部破棄を免れない。よって、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、岩手県教職員組合(以下「岩教組」という。)中央執行委員長であるが、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、公務員労働組合共闘会議(以下「公務員共闘」という。)の統一闘争として、「賃金の大幅引上げ・五段階賃金粉砕、スト権奪還・処分阻止・撤回、インフレ阻止・年金・教育をはじめ国民的諸課題」の要求実現を目的とする同盟罷業を行わせるため、槙枝元文ら日本教職員組合(以下「日教組」という。)本部役員及び岩教組本部役員らと共謀の上、昭和四九年三月二一日(住所省略)岩手県産業会館において岩教組第六回中央委員会を開催し、その席上、日教組第四四回臨時大会決定及び日教組第五回全国戦術会議の決定を確認し、これらを受け、公務員共闘の統一闘争として、傘下組合員である公立小・中学校教職員をして、前記要求実現を目的として、同年四月一一日第一波全一日・同月一三日第二波早朝二時間の各同盟罷業を行わせること、組合員に対し同盟罷業実施体制確立のための説得慫慂活動を実施することなどを決定し、もって、地方公務員に対し同盟罷業の遂行をあおることを企てたものである。

(証拠の標目)

第一審における証拠(以下省略)

第一次控訴審における証拠(以下省略)

第二次控訴審(当審)における証拠

本件闘争経過(前記第三の一の1の(2)ないし(9)、(11)ないし(14))について

一  被告人の当公判廷(第一四回)における供述

一  証人阿部忠、同峰岸卓一、同熊谷隆造、同槙枝元文の当公判廷における各供述

(確定裁判)

被告人は、昭和四一年七月二二日盛岡地方裁判所で地方公務員法違反の罪により懲役八箇月(二年間執行猶予)に処せられ、右裁判は昭和五一年六月一日確定したものであって、この事実は検察事務官作成の前科調書によって認める。

(法令の適用)

被告人の判示行為は刑法六〇条、地方公務員法六一条四号(罰金の寡額は刑法六条、一〇条により平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項、刑法一五条による。)、三七条一項前段に該当するが、右は前記確定裁判のあった地方公務員法違反の罪と刑法四五条後段の併合罪であるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ない判示罪について更に処断することとする。そして所定刑中罰金刑を選択し、その所定金額の範囲内で被告人を罰金一〇万円に処し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、第一審並びに第一次及び第二次控訴審における訴訟費用中別紙(省略)記載の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文により被告人に負担させることとする。

なお、本件公訴事実中、同二の1、2の「あおり」については、前説示のとおり結局犯罪の証明がないことになるが、判示「あおりの企て」の罪と包括一罪の関係にあると認められるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。

(量刑の理由)

本件同盟罷業は、経済的要求ばかりでなくその目的、実態からみて少なからず政治的色彩を帯びたものであった上、本件同盟罷業は校長、教頭、休職者を除いた岩手県内の公立小・中学校の全教職員九二〇〇余名のうち約三分の二に当たる約六一〇〇名、学校総数七六六校のうち七四三校の教職員が参加し、そのため、下校時繰上げ、自習等の措置を余儀なくさせるという結果を招いたものである。これにより公共性の高い公立学校における義務教育の遂行や学校業務の正常な運営に大きな影響を及ぼし、特に、新学年早々は教師と児童生徒間の信頼関係を確立する上で重要な時期であるのに、あえてその時期に多数の教員が教職にありながら職責を放棄し、児童生徒の信頼を損なう違法ストライキを実施し、法秩序を軽んずる態度に出たものであって、授業の一時中断はその回復が困難でないとしても、これが教育の現場に及ぼした混乱と児童、生徒、保護者に与えた精神的影響は軽々しく看過し難いものがある。それだけに、岩教組の最高幹部の地位にあって本件同盟罷業を指導した被告人の刑事責任は重いものがあるというべきである。ただ、本件当時、異常インフレで大幅な賃上げの要求が強く、物不足の影響が教育現場にも波及し、組合員にストライキ参加への気運が盛り上がっていたこと、本件当時国家公務員法の関係では最高裁四・二五判決によりいわゆる全司法仙台事件判決(最高裁昭和四一年(あ)第一一二九号同四四年四月二日大法廷判決・刑集二三巻五号六八五頁)が変更されていたとはいえ、本件で直接問題となる地公法の関係ではいわゆる都教組事件判決(前出最高裁昭和四四年四月二日大法廷判決)がいまだ明示的に変更されていなかったという判例の動揺期に本件が行われたものであること、本件同盟罷業が単純不作為を内容とするもので暴力行為を伴うものではなかったこと、本件同盟罷業に参加した数多くの県教組の中央執行委員長中起訴され、判決を受けたのは被告人を含む三名にすぎないこと、事件発生後既に一九年余り経過していること、その他被告人の長年にわたる教育界、地方政界における社会的活動、貢献等にかんがみると、被告人に対しては、懲役刑を科することなく、罰金刑をもって臨むのが相当である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊達夫 裁判官 泉山禎治 裁判官堀田良一は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 渡邊達夫)

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